元々は東京都電で運用されていた3000形で、これを長崎電気軌道が1972年に譲り受けて登場したのが800形。都電と長崎電気軌道では線路の幅が違うため、西鉄北九州線から余った台車を譲り受けてそれに付け替えて登場しました。
最後までワンマン化は施されず、長崎大水害の影響で1982年に引退。2両が在籍していた同車は、一部の使える部品を使用して賑橋駅付近のレストラン「キッチンせいじ」に再利用されています。
※現在、キッチンせいじは閉店してしまったようです。車両の残存については不明。
上写真はキッチンせいじにて。
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